「もっとスキルを身につけなければ」 「市場価値を上げなければ」
そんな強迫観念に追われて、
資格の勉強をしたり、
セミナーに通ったりしていた時期がある。
焦燥感だけが募り、 まるで終わりのないマラソンを走らされているような感覚だった。
かつて、理想の教育が見たくて、
借金をしてまで
イタリアの「レッジョ・エミリア」へ飛んだことがある。
世界で一番素晴らしい幼児教育がある場所だ。
「これさえあれば、人は幸せになれる」と信じて疑わなかった。
現地で見た子供たちは、
確かに創造的で、生き生きとしていた。
しかし、現実は残酷だった。
その子供たちが大人になり、
社会に出たときどうなるか。
結局は、疲弊した都市のシステムに吸い上げられ、 ただの「労働力」として消費されていく。
かつて受けた素晴らしい教育のことなど、
忙しい日々の中で忘れてしまっていた。
その時、気づいてしまった。
どんなに素晴らしい「種(教育)」を蒔いても、
「土壌(社会構造)」が枯れていたら、花は咲かないのだと。
私たちは教わってきた。
「花が咲かないのは、種の努力が足りないからだ」と。
だから必死に、
自分という種を改良しようとする。
もっと強い種になれ、もっと美しい種になれ、と。
だが、それは違う。
コンクリートの上で咲こうとしている花が咲かないのは、種が劣っているからではない。
場所が間違っているだけだ。
誠実な人間が、ただ搾取されるだけの仕組みになっているとしたら、
それは個人の努力でどうにかできる問題ではない。
個人の能力不足ではなく、構造の欠陥だ。
私がORIGINというプロジェクトを始めた理由は、ここにある。
「種」を鍛えることにはもう興味がない。
やるべきなのは、「土壌」そのものを作り変えることだ。
誠実さが報われる土壌。
個人の特性が、無理なく活かされる構造。
それを、ビジネスとして実装する。
もう、無理に自分を変えようとするのはやめた。
ただ、誠実な種が当たり前に咲ける場所を作る。
それだけが、今の私の仕事だ。
